大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和41年(う)309号 判決 1969年4月09日

被告人 正岡慎一

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある弁護人土田嘉平作成名義の控訴趣意書(七頁二行目の「丸太一本」とあるのを「丸太一立方米」と訂正する。なお、論旨第二点中には、本件始末書がもともと公文書としての適法性を欠く違法文書であるから、その毀棄行為に可罰的違法性がないとの主張を含むものであると釈明)並に控訴趣意補充書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認)について

所論は、要するに、原判決が、(一)宮中、上総両乗務員作成名義の始末書(以下本件始末書という)は、トラツク横転事故につき右両名に過失責任があるとした点で内容虚偽であり、しかもその徴取手続においても、それが右両名の真意に基いて提出されたものではないのにかかわらず、その内容において真実、正当なものであり、かつそれが右両名の任意かつ自由な意思に基いて提出されたものであると認定した点、及び(二)被告人は、憤激したことも、故意に本件始末書の破損に及んだ事実もないのにかかわらず、本件始末書を綴りこみの冊子から故意に破り取り、口中に入れて咬むなどして憤激のあまりそれを毀棄したと認定した点の二点において、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるとするものである。

そこで、所論の各論点に即して原判決の事実認定の当否を判断することとする。

一、本件始末書の徴取経過及び内容について

原判決挙示の証拠及び(中略)を綜合すると、(1)昭和三八年一〇月一七日午後二時頃宮中繁春(運転者)、上総喜一(助手)ら乗車の五トン積みトラツクが豊永製品事業所から丸太材約八立方米を積載して大田口貯木場へ運搬の途中、谷相林道約九粁附近の地点で道路下に横転するという事故が発生したが、その際の事情は、運転者の宮中が、事故現場横の待避所で民車(営林署の車でないもの)が木材の積みこみをしているのを認めたが、道幅が狭いので手前約一〇〇米の地点で一旦停車し、クラクシヨンを鳴らして民車の待避を要請したが、民車の方が来い、来いとまねくので前進を始め、民車の手前五、六米で再び停車して様子をうかがつたところ、現場道路の幅員が約三米五〇糎で路肩が弱い個所であり、民車がその前、後輪を三〇糎ないし五〇糎位道路にかけて、道路と併行状態で積みこみをしていたので、宮中は、自車の進行道路の軟弱さを案じて、民車の人に道路がやわらかでないかと確かめたのであるが、先刻材木を積んだ六トン車が通つたら大丈夫通れるとの返事だつたし、路面に先行車の通過したわだちもあり、その状況からみて一応大丈夫と考えられたので、助手の上総に車中から左側民車をみさせ、徐々に自車を進めていたところ、意外に路肩が軟弱で、民車の横を通過しきらない間に、右後輪が道路にめりこんで、路側がくずれ、自動車が後方に傾き始めて、遂に横転する事態となつたものであること、(2)事故発生の連絡により本山営林署の方からは、広瀬経営課長らが警察官と同行して現場の調査に赴き、その調査結果が署長に報告され、別に大田口貯木場主任から太田管理官になされた状況報告も同管理官から署長に伝達されたこと、その結果、現場で前記運転者が右経営課長に対して詑びを入れた事実があり、又当時数台の先行車が現場を無事通過しているが、現場の民車の位置、路面のわだちの状況からみて、宮中らの自動車が先行車のわだちよりほぼ三〇糎位道路端に寄り過ぎて通行しようとした形跡があり、更に当時助手が車外に出て自動車を誘導しなかつたことなどの事情も認められたので、署長は、運転者らに右事故の過失責任があると判断を下したこと、(3)しかし右事故では、幸い人命の損傷がなく、自動車の損害もさほどでなく(約六、〇〇〇円位)、かつ過失の性質、程度も重大悪質なものではないと認められたので、すでに警察には穏便な措置を依頼したが、監督者の立場でも、右乗務員らにそのまま乗務を継続させ、懲戒等の格別な処分の必要はないものと考えていたが、ただ自動車の運転事故は、その事柄の性質上軽視できないものがある点から、右乗務員らに対しては、事故の状況報告と本人らの将来の慎重な乗務のための反省を促す趣旨で始末書を提出させるのが妥当な措置であるとの判断をし、その際署長としては、その始末書の徴取だけで右乗務員らに対する措置は終り、始末書は将来本人らの適性判断、配置上の考慮など人事管理の参考資料として営林署に保存する意図であつたこと、そこで署長は、同月一九日朝太田管理官を通じて、右乗務員らの直接の上司の大田口貯木場土居主任に対し、右乗務員らから始末書を徴取するようにと指示したのであるが、その始末書の記載内容については、右管理官が立会人及び乗務員らに怪我がなかつたことを記載するよう指図した以外に格別何らの指示をしなかつたものであること、(4)右指示を受けた土居主任は、即日右乗務員らから事情を聞いた上、同人らの気持を汲み、自己の手で文案を起草し、本人らからは印だけを貰う方が適当と判断して、表題、文面のみならず右乗務員、立会人の氏名の連名部分まで全部を記入した当日付の始末書一通を作成し、それを各本人に示して異議がなければ押印してくれと告げ、その場で各本人が右文案を読み、同人らは格別異議も不満の気配もなく即座に各人の押印を終つたものであり、同人らの任意かつ自由な意思で提出されたものであること、土居主任は、かくて仕上つた始末書を、別に自らが作成した事故報告書と重ねてこよりでとじあわせた上、営林署宛郵送し、営林署には同月二二日到達したものであること、(5)その後右始末書については、右乗務員ら所属の労働組合から営林署当局に対し返還要求がなされるに至つたが、これは他の組合員が右乗務員らを説得した結果の要求で、同人ら自らが進んでさような要求を申し出たことによるものではないこと、(6)右始末書の内容の要旨は、事故に至る経過を報告する部分と、事故につき乗務員らが自らの過失を認めて詑びを入れる趣旨の部分に一応区分できるが、その主たる趣旨は、結局いわゆる詑び証文の性格を持つ文書というべきものであることが認められる。

ところで、そもそも私人作成の公用文書の記載内容の真否は、当該文書の公用文書性すなわち、文書が公務所の使用に供されうるものであるかどうかの点については、一応無関係と解されるので、先ず、原判決が果して所論のように、本件文書の内容が客観的に真実を報告した文書であると認定しているものかの点については疑いがあるのみならず、仮りにさような点の認定に事実誤認があるとしても、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかなものとは考えられないので、本件始末書の内容の点に関する論旨は理由がない。

次に本件文書の作成、提出の経過については前記認定のとおりであつて、所論の農山村における国有林野労働者の気風、前記乗務員らの性格、その他の事情を考慮に入れて考察しても、本件始末書が、所論のように、営林署当局の勝手に作成したものであり、あるいは欺罔と強要の手段により徴取されたものとまではとうてい認められないので、原判決が本件始末書を、乗務員らから任意提出されていた貨物自動車の横転事故に関する始末書と認定したことに事実誤認の点はないというべきである。

二、被告人の本件始末書の毀棄について

(1)  被告人の司法警察員に対する第二回供述調書及び原審第一〇回公判廷における被告人の供述調書とを綜合すれば、本件始末書が破れてからは、興奮してしまい(記録八七三丁ウラ)、頭がカツカしている状態であつた(同九六一丁ウラ)、反抗的な気持があつたかもしれません(同九六二丁ウラ)等の被告人の供述があるし、又当審における証人宗石幸蔵の証言によれば、宗石幸蔵が現場の署長官舎庭先に赴いた際見た状況として、丸い人垣を見てその中に割りこんだところ、委員長(被告人)の顔面が蒼白といいますか異常な雰囲気であつたと供述していることが認められるし、後記認定のように、当時被告人は、本件始末書を持つて現場から逃げ出そうとして、署長らに取り押えられてもがいていた状況もあつたのであるから、本件始末書の破損行為に及んだ当時、被告人は、相当興奮状態にあつたことが明らかで、その精神状態を原判決は、憤激のあまりと認定したものと考えられるのであるから、あながちこれを事実誤認であるとは認められない。

(2)  被告人の司法警察員(第二、第三回)、検察官に対する各供述調書及び(中略)を綜合すると、被告人が、山崎庶務課長から提出された書類綴りから、本件始末書の紙片を右手でひつぱるようなかつこうで破り取り身体の向きをかえてその場から逃走しようとする挙動に出たが、山崎庶務課長らに取り押えられて両腕などをふりながらもがいていること、被告人が、私は本件始末書を取り返されてはいかんと右手に丸めて握りしめ、口の中に入れて何回か咬み続け、早く出せと管理者らからいわれたが出さずにがんばつた、それは私の執行委員長としての立場上、あの場合になつておとなしく始末書を戻すことができなかつたので、返すまいとしてやつたことである旨の供述を司法警察員らに対してしていることに徴すると、被告人が故意に本件始末書の破損行為に及んだものであることは明らかであり、所論は署長ら管理者側の暴行を主張し、その論旨にそう被告人の原審並に当審公判廷における各供述もあるが、しかしこれは、原審における証人山口晴夫、山崎千寿、横田邦夫の各供述に徴してたやすく信用できないものであり、右各証人の証言を綜合すれば、署長らは、被告人の逃走を防ぎ、本件始末書を取り戻すため、被告人の身体(腰、両腕など)を押えた事実があるだけで、それ以上に、所論のような被告人の破損行為を誘発する暴力行為に及んだ事実は、本件全証拠によるもとうてい認められないところである。

従つて、この点に関しても原判決には所論の事実誤認の点はない。

結局、事実誤認の論旨はすべて理由がない。

控訴趣意第二点(法令解釈の誤り)について

所論は、要するに、(一)本件始末書は、徴取につき法令などの正当な根拠がなく、公務所(本山営林署)として保管、使用の必要もなく、事実としても保管中の文書ではなかつたので、刑法二五八条にいう「公務所ノ用ニ供スル文書」に該当しないし、(二)その文書自体として財産的に無価値であるし、提出者の精神を不当に拘束して労働を強制する結果を伴う憲法、労働基準法の趣旨にも反する違法文書であるから、刑法二五八条による保護法益を欠くものであり、なおその毀棄にはいわゆる可罰的違法性もないのであるから、原判決が、右法条を適用して被告人を有罪としたのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用を誤つたものであるというのである。

以下各論旨につき順次に判断する。

一、本件始末書の刑法二五八条にいう公文書該当性について

本件始末書の趣旨、内容は前記認定のとおりであり、その内容において事故経過報告の部分と乗務員らの詫びを入れる趣旨の部分とに一応区分できるが、しかしその主たる趣旨は、結局いわゆる詫び証文の性格を持つ文書ということができるものであるが、原審において取り調べた証拠及び当審における事実取調の結果を綜合すると、いわゆる詫び証文の趣旨の始末書を公務所である営林署が、所属職員から徴取できる法令の規定、労働協約、就業規則などの定めはもとより、業務上の過失に関連した事柄につきその徴取が行なわれる慣行なども認められず、なお本件始末書は、その徴取につき前記乗務員ら所属の労働組合と交渉を経た上のものでもないことが認められること所論のとおりである。しかしながら、(1)農林省物品管理規程三〇条によれば、物品を使用する職員(本件では前記乗務員ら)は、使用中の物品を損傷したときは、直ちに物品損傷通知書に所定の書類を添え、物品供用官―本件では、当審における山口証人の証言により、大田口貯木場の土居主任―(物品供用官を置かない場合にあつては物品管理官―本件では右証言により山口営林署長)に報告しなければならない旨規定されている点に鑑み、その趣旨をふえんすれば、本件始末書の事故経過報告の部分を営林署長が、自己宛に徴取する行為が必ずしも全く根拠がない措置といえない面があるし、他方(2)詫び証文としての性格の面では、前記認定のように、本件始末書は任意に提出されたものであるから、その受領者が公務所であつても、それを徴取する明確な法令等の根拠、権限がないとの理由だけで、あえて爾後におけるその保管等までをも違法、不当視すべきものではない。すなわち、公文書毀棄罪の保護法益が、その財物としての公文書性よりも、その文書の持つ公用性の保護に重点が移行してきているものと解しても、現行法規のもとでは、公務執行妨害において対人的あるいは対物的な公務の執行の適法性が問題視されるのに対し、公文書毀棄においては、要点は、専ら、当該文書の供用される公用目的の適法性を問題とすべきに止まると解されるのであつて、しかもその適法性は、本件のような任意に提出された文書の場合には、所論のように厳格に解するまでのことはなく、実際の便宜と必要性を考慮して、その供用目的に合理性の認められる場合と限度においては、その適法性が具備しているものと考えることも許されると解すべきであり、本件始末書は、すでに認定したとおり、所属職員に対する将来の人事管理の参考資料として使用する目的を持つものであるから、その適法性の点において欠けたところはないと認められるので、本件始末書の公用文書性を争う所論にはたやすく同調することができない。しかも本件始末書は、押収にかかる証第一号(中略)を綜合して認定できるとおり、大田口貯木場土居主任が別途作成の事故報告書とこよりでとじあわせた上、「一時の処弁に止まる書類」綴の中に、未決裁書類として便宜一時綴りこまれて、事業課の書類ロツカー等において当時保管されていたものであることが明らかであるから、少なくとも宮中運転手らが前記のとおり過失の点を自認している関係上、公務所である本山営林署が、その所属職員である右宮中らの将来の適性判断、配置上の考慮などにつき使用の必要を認め、さような人事管理の参考資料として使用の目的を以つて、公務所として営林署が事実上も保管中のものであつたというべきである。結局、本件始末書は、刑法二五八条にいう公文書の要件に欠けるところはないという外はない。

二、本件始末書の無価値性、違法文書性などについて

本件始末書は、僅か一枚の紙片ではあるが、しかしそれだからといつて、直ちに財物として全く無価値なものとはいえないし、又すでに認定した前記乗務員らの自認による過失、任意の提出であることなどの諸事情に徴し、本件始末書が所論のように、憲法あるいは労働基準法の趣旨に反する違法文書であるとは認められないし、なお、その他の所論の事情では違法文書と考える余地のないことがすでに認定した諸事実に照らして明らかである。更に、記録に徴して認められる本件犯行の動機、目的、罪質及び態様、殊に被告人自らが公務員でありながら、自己の所属する公務所の公用文書を故意に破損した所為は、公務の作用を妨げる危険度において極めて高度のもので、犯情軽徴な違法行為とはとうてい認め難い点に鑑みると、本件が始末書一枚の毀棄であり、公文書毀棄罪の法定刑が重く、被告人が他方においてすでに懲戒免職処分を受けているなどの諸事情を斟酌しても、本件犯行に可罰的違法性がないものと解することは困難である。

結局、法令解釈の誤りの論旨もすべて理由がない。

なお、本件記録に徴しても、検察官の本件公訴提起は、被告人に公文書毀棄の犯罪行為があるとして提起されたもので、その背景である被告人の組合活動そのものを犯罪行為として訴追するものではないのみならず、本件訴追が団結権侵害の不当労働行為意図を持つものであるとの事実も、本件全証拠に徴してもとうてい認められないし、又本件が必ずしも所論のとおり、公務に対する軽徴な妨害行為に止まり、犯情において起訴相当の理由もない事案とは考えられないものであること前記のとおりであるから、本件公訴提起が公訴権を濫用してなされた違法、無効のものとは認められない。

更に、本件毀棄行為は、組合からの本件始末書の返還要求の交渉中にたまたま発生したものではあるが、本件全証拠を検討してみても、その交渉が団体交渉として行なわれていたものとは認め難く、又前記認定のとおり、使用者(営林署管理者)側に暴力行為があり、被告人の方は専ら防衛的態度に止つていたとの事実もとうてい認められないところなので、記録に現われた本件犯行の態様その他の事情に鑑み、所論の違法阻却事由があるとも考えられない。

よつて刑訴法三九六条、一八一条一項本文により、主文のとおり判決する。

(裁判官 呉屋愛永 谷本益繁 大石貢二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例